核兵器に関する透明性の向上

令和5年5月31日

1 意義

 透明性の向上は、敵対国の誤解や誤算によって生じ得る危機を未然に防ぐための信頼醸成措置(CBM)の一環として発展してきた。特に、大規模な軍事力が秘密のベールに包まれた状態で集中的に配備されていた冷戦期の欧州大陸では、透明性の欠如が互いの軍事行動に関する誤解や誤算を招き、軍事衝突が発生する危険性が懸念された。これを回避するため、欧州では1950年代から、情報交換、相互通知、検証などを通じて互いの軍事行動に予測可能性を持たせる提案がなされ、1975年の欧州安全保障協力会議(CSCE)ヘルシンキ最終文書に結びついた。
 核兵器の軍備管理・軍縮においても、透明性の向上は、互いの誤解を防ぎ偶発的な核戦争を防止するという伝統的なCBMの一つとしての意義がある。透明性の欠如によって生じる核軍備競争を避けるため、さらには、今後の核軍縮努力の進展を促すためにも、透明性の向上が必要と考えられている。また、核兵器国による核軍縮の進展の速度に対する非核兵器国の不満が強まる中で、核兵器不拡散条約(NPT)への信頼性を維持するためにも、核兵器国による透明性の向上は、核兵器国と非核兵器国との間の信頼醸成の観点からも重要な意義を有する。
 近年では、核軍備管理・軍縮上の義務を実施する に当たっての3原則(透明性の原則の他、削減された核兵器が再び増加しないような措置を施すという不可逆性の原則、条約の締約国が条約義務を履行しているかを確認できる検証可能性の原則)の一つとして位置づけられている。透明性なくしては、不可逆的に核兵器が削減されていることを検証することは困難であるので、これら3つの原則の中でも、透明性の原則は、他の2つの原則の基礎となる重要な原則と言える。なお、核兵器に関して透明性が求められる項目としては、(1)過去に核実験、核関連事故、核分裂性物質生産量、核兵器の生産量、又、(2)現在の核分裂性物質保有量、核兵器保有数、核兵器能力、相互査察・データ交換、既存・閉鎖核関連施設、核軍縮努力、ドクトリン等様々なものがある。

2 これまでのNPT運用検討会議での合意

 当代表部で所掌するNPT運用検討プロセスの核軍縮面においても、透明性は重要な課題の一つである。
 2000年のNPT運用検討会議の最終文書で合意された核軍縮に関する13の措置では、各国の核兵器能力に関する透明性の向上が、全ての核兵器国がとるべき措置の一つとして含まれている。これは、NPT運用検討会議として核兵器国による透明性措置として初めて合意したもの。また、2010年のNPT運用検討会議で合意された「行動計画」 には、透明性が、不可逆性及び検証可能性と並んで、核軍縮・不拡散上の義務を実施するに際しての3つの原則の一つとして初めて位置づけられた(行動2)。また、核兵器国は、核兵器国としてとるべき具体的な核軍縮措置の進捗状況について、2014年の準備委員会において報告することが求められた(行動5)。さらに、全てのNPT締約国は、行動計画及びNPT第6条の実施について定期報告をすべきことが合意され(行動20)、CBMの一つとして、核兵器国は、可能な限り早急に行動計画の進捗状況に関する標準的な報告様式(フォーム)に合意し、国家安全保障を損なわないよう自発的に標準的な情報を提供するための適切な報告間隔を決定するよう奨励された(行動21)。これまでに、5核兵器国は、上記の行動5に基づき、2014年の準備委員会(2015年NPT運用検討会議に向けた3回目の準備委員会)で自らが取っている核軍縮措置についての報告を実施した。

3 核兵器国の透明性

 米国とロシアは、以前から二国間の戦略兵器削減条約(START)の枠組みで、条約上の計算ルールに基づいた戦略運搬手段及び核弾頭の配備数を公表していた。
 核兵器国による核兵器の数の公表については、2010年NPT運用検討会議以降、次のとおりの動きが見られた。米国は、「備蓄された核兵器の数」について、2010年NPT運用会議におけるクリントン国務長官(当時)の演説で、初めて5,113個と公表した。米国はその後も更新された情報を公表し、2015年NPT運用検討会議における演説でケリー国務長官(当時)は、核弾頭の総保有数が4,717個であると述べた。また、同会議では、現有の備蓄核兵器数のみならず、過去20年間で米国が解体した核弾頭の数を10,251個、また、更に約2,500個の核弾頭が解体待ちであることを初めて公表した。2022年8月に開催された第10回NPT運用検討会議に提出された報告書によると、米国が保有する核弾頭数は3,750となっている。この他、米国は、配備済の核弾頭数(1,420)、配備済の運搬手段の数等についても公表している。更に、2023年5月に「新STARTの対象の核戦力に関する米国の総計データに係るファクトシート」を公表して、数値をアップデートしている(それによると配備済の核弾頭数は1,419)。
 英国は、2010年10月の「戦略防衛・安全保障見直し(SDSR)」において、2020 年代半ばまでに、核弾頭の全体の備蓄の上限を225個 から180個まで削減するとともに、実戦用に利用可能な核弾頭数を160個から120個に削減すると発表し、2015年1月、120個への削減が完了したと発表した。2021年3月には、「競争的時代におけるグローバル・ブリテン:安全保障、防衛、開発及び外交政策の統合的見直し」において、安全保障環境を鑑みれば、NATOにおいて割り当てられた最小限の保有核弾頭数の上限を、180個以下に引き下げるとした2010年の意向はもはや不可能であり、260個以下の保有に移行すると発表した。最小限保有核弾頭数の上限の260個以下の保有への移行は、2022年8月に開催された第10回NPT運用検討会議に向けて英国が提出した国別報告書にも記載されている。
 フランスは、2008年3月、サルコジ大統領が核兵器国として初めて同国が保有する核弾頭の保有数を 300発以下に削減すると発表し、2015年には削減が完了した旨発表した。2022年2月のマクロン大統領の演説でも同じ数字が再確認された。)。仏が保有する核弾頭の保有数が300発以下であることは、2022年8月に開催された第10回NPT運用検討会議に向けて仏が提出した国別報告書でも確認されている。
 このように、米英仏は、自国の核戦力やその客観的規模に関するデータの提供を通じて、効果的かつ責任ある透明性措置を講じてきている。中国の第10回NPT運用検討会議(2022年)の報告書には、定量的情報は含まれていない。

4 日本の取組

 日本は、従来から核兵器を含む軍備の透明性向上をCBMの一つとして重視してきた。近年は、より行動指向的な核軍縮を目指すべきとの考えに基づいて、具体的かつ実際的な透明性の向上を訴えてきている。
 例えば、2010年のNPT運用会議で採択された行動計画に盛り込まれた上述の核兵器国による核軍縮の進捗状況に関する2014年の準備委員会での報告(行動5)や標準報告フォームの作成(行動21)は、日本の提案に基づくものである。
 2010年運用検討会議の合意を受けて、日本は、標準報告フォームの一案を作成し、オーストラリアと共に2010年9月に結成した軍縮・ 不拡散イニシアティブ(NPDI)の提案として、5核兵器国に提示した。同標準報告フォーム案は、2015年NPT運用会議に向けた2012年の第1回準備委員会においてNPDIの共同作業文書として提出した。その後もNPDIは、2014年の第3回準備委員会において、「透明性の向上」に関する共同作業文書を提出した。同作業文書は、透明性の原則は検証可能性及び不可逆性という核軍縮の他の2つの原則を支えるものであることを指摘し、また、核兵器国に対して標準報告フォームに合意した上で同フォームを用いて定期報告を行うことなどを求めた。
 2022年8月に行われた第10回NPT運用検討会議(2020年4月末から開催される予定だったが、新型コロナウイルス感染症の影響のため延期された。)プロセスにおいては、いずれの準備委員会(2017年の第1回、2018年の第2回、2019年の第3回)においても、NPDIとして透明性の作業文書を提出し、また、日本自身の履行報告書を提出した。さらに、2015年NPT運用検討会議プロセスで提出してきた内容を踏襲しつつ、第10回NPT運用検討会議で締約国が報告する際の標準フォーム案に改良を加えつつ、第11回NPT運用検討会議プロセスにおける定期的な報告の実施を提案している。また、2022年に我が国が国連総会第一委員会に提出した核兵器廃絶決議(A/RES/77/76)においても、全ての国、特に核兵器国に対し、NPT上の義務の履行に関して、不可逆性、検証可能性及び透明性の原則を適用すること、2010年の行動計画のアクション21に沿って、自国の安全保障を害することなく、核兵器と能力に関する具体的なデータに関する情報を提供すること、核政策、ドクトリン及び核リスク低減措置(核兵器又は他の核爆発装置に使用するための核分裂性物質の生産状況を含む。)を含む核軍縮関連の国家施策に関する情報を提供することにより、強化された透明性措置を直ちに追求すること、また、2010年行動計画のアクション20及び21並びに第10回NPT運用検討会議作業文書(WP.77)のパラ187(35)を有用な参考として考慮し、NPTの履行に関する詳細な報告を頻繁に提供し、これらの報告について議論する機会を提供することが要請されている。同決議は、2022年の国連総会において、賛成147、反対6、棄権27で採択されている。
 更に、2022年8月に行われた第10回NPT運用検討会議に総理大臣として初めて参加した岸田文雄内閣総理大臣は、一般討論において、ヒロシマ・アクションプランを打ち出し、核兵器国に対し、核戦力の透明性の向上、とりわけ、核兵器用核分裂性物質の生産状況に関する情報開示を求めた。このヒロシマ・アクションプランは、5月19日に発出されたG7のリーダーによる「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」においても歓迎されている。 (2023年5月更新)


【参考】最近の日本のステートメント
2023年6月6日   軍縮会議(CD)本会議における「核ドクトリン・戦力に関する透明性」に関する滑川参事官によるステートメント
2023年5月17日 軍縮会議(CD)本会議における「軍備の透明性」に関する小笠原大使によるステートメント