生物兵器禁止条約(BWC)

2021/9/27
 生物・化学兵器の歴史は古く、学問や産業の進歩とともに、人体に有害な生物剤・化学物質に関する研究も発展し、戦争におけるこれらの使用が研究・開発されてきた。 第一次世界大戦では、化学兵器が初めて本格的に使用され、その被害は死傷者130万人以上、そのうち死者は10万人に達したとされる。各国は第一次大戦の終了後も化学兵器を生産・保有等し続けたが、同時に生物・化学兵器の悲惨さは国際社会によって強く認識され、1925年、生物兵器及び化学兵器を規制する初めての国際条約として「窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書」(以下「毒ガス等使用禁止に関するジュネーブ議定書」という。)が作成された。ただし、毒ガス等使用禁止に関するジュネーブ議定書は、これら生物・化学兵器の戦争における使用は禁止したが、平時における生産・保有等については何ら規定していなかった。その後、1966年の第21回国連総会において化学兵器及び細菌兵器の使用を非難する決議が採択され、さらに、1969年、ウ・タント国連事務総長が「化学・細菌(生物)兵器とその使用の影響」と題する報告書を提出すると、これらの兵器の規制の重要性について軍縮委員会会議や国際連合の場で活発に議論されるようになり、それぞれの兵器を平時における生産・保有等を含めて規制する条約の作成が目指されるようになった。当初は、生物・化学兵器を一括して禁止する条約の作成が目指されたが、最終的には、比較的作成が容易と見られた生物兵器を禁止する条約をまず作成し、その後化学兵器を禁止する条約を作成することとなった。こうして、1975年に生物兵器禁止条約(BWC、正式名称は「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約」)、1997年に化学兵器禁止条約(CWC、正式名称は「化学兵器の開発、生産、貯蔵及び使用の禁止並びに廃棄に関する条約」)が発効した。

1 概要

1-1 生物兵器とは
 日本が、1982年6月にBWCを批准し、日本国内におけるBWCの実施確保を目的として施行した「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約の実施に関する法律」が定める定義は以下のとおり。
  • 「生物兵器」とは、武力の行使の手段として使用される物で、生物剤又は生物剤を保有しかつ媒介する生物を充てんしたものをいう。
  • 「毒素兵器」とは、武力の行使の手段として使用される物で、毒素を充てんしたものをいう。
  • 「生物剤」とは、微生物であって、人、動物若しくは植物の生体内で増殖する場合にこれらを発病させ、死亡させ、若しくは枯死させるもの又は毒素を産生するものをいう。
  • 「毒素」とは、生物によって産生される物質であって、人、動物又は植物の生体内に入った場合にこれらを発病させ、死亡させ、又は枯死させるものをいい、人工的に合成された物質で、その構造式がいずれかの毒素の構造式と同一であるものを含むものとする。
 
1-2 生物兵器禁止条約(BWC)の成り立ち
 国連事務総長の報告書等を受け、軍縮委員会会議における議論を経て、1971年に軍縮委員会会議において生物兵器禁止条約(「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約(BWC : Biological Weapons Convention)」)が作成された。この条約は同年の第26回国連総会決議の採択を経て、1972年4月に署名のために開放され、1975年3月に発効した。なお、条約上では生物兵器の使用を禁止する文言が欠けているが、1980年に実施された第1回運用検討会議において、戦争における使用を禁止する「毒ガス等使用禁止に関するジュネーブ議定書」の遵守が再確認されている。
 BWCは生物兵器を包括的に規制する唯一の国際法上の枠組みであり、2021年9月現在の締約国数は183に上る。
 
1-3 日本によるBWCの批准
 日本は、1982年6月にBWCを批准し、日本国内におけるBWCの実施を確保するため、「細菌兵器(生物兵器)及び毒素兵器の開発、生産及び貯蔵の禁止並びに廃棄に関する条約の実施に関する法律」(BWC実施法)を制定し、生物・毒素兵器の製造、所持、譲渡、譲受けを罰則をもって全面的に禁止した。また、2001年12月には、爆弾テロ防止条約締結に際してBWC実施法を改正し、生物・毒素兵器の使用罪及び生物剤・毒素の発散罪を設け、この罪については国外犯も処罰の対象とした。

2 BWCの課題と強化に向けた取組

2-1 BWCの課題
 BWCは生物兵器の開発、生産、貯蔵、保有について戦時・平時を問わず包括的に禁止しているが、その一方で、化学兵器禁止条約(CWC : Chemical Weapons Convention)と異なり、締約国の条約の遵守を検証する手段に関する規定がない。1994年に開催された締約国特別会議において、検証議定書を検討するための政府専門家アドホック・グループ(AHG)が設置されたが、バイオテクノロジーや製薬業界等の関連業界への査察受け入れの負担等の影響が懸念される上、使用される生物剤は殺菌による証拠隠滅も容易である等の理由から、検証そのものが極めて難しいという問題があって、交渉は難航した。結局、2001年4月には同グループ議長案が提示されたが、2001年11月の第5回運用検討会議(運用検討会議は5年に一度開催)以降、検証議定書交渉は中断されている。
 生物兵器の使用、開発の例としては、1999年に国連イラク特別委員会(UNSCOM)がイラクにおける大量の不法な生物学的活動を発見している。また、1995年のオウム真理教によるボツリヌス毒素・炭疽菌の開発、2001年の米国における炭疽菌事件、2018年のドイツにおけるリシンを用いたテロ未遂事件等を受けて、国家のみならず非国家主体による危険な生物剤を用いたテロ行為発生の可能性が現実的なものとして国際社会において受け止められるようになっている。近年、インターネットの普及やデジタルデバイスの進化に伴い、一般市民が自宅で遺伝子改変等の最先端のバイオテクノロジーの研究を行うことも可能になってきており、生物兵器開発に対するハードルの急激な低下が懸念されている。現在は、こうしたリスク・脅威に対抗する対策も含めた条約の強化が課題となっている。
 また、近年、ウイルスの人工合成やゲノム編集といった先進生命科学技術を活用した生物兵器の凶悪化が懸念されているところ、その汎用性への対処も視野に入れた研究・開発の促進が求められている。
 2020年からの新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大は、万一生物兵器が使用された場合にも今回の経験と同様の事態に直面することが懸念されるように、生物学的な脅威に対して国際社会が脆弱であることを明らかにした。これをBWCの枠組みの強化の機運と捉える見方もある。今後、新型コロナウイルス感染対応から得られた教訓、知見を踏まえつつ、BWCの枠組みにおいても、対応について議論を深めることが課題となっている。
 
2-2 BWC強化に向けた取組
 検証議定書交渉の中断後、BWCの強化に向けた取組として、次の運用検討会議開催までの間に専門家会合と締約国会合を毎年開催し、BWCの強化に関する共通の理解と実効的な措置を促進するための議論を継続することが第5回運用検討会議(2011年)で決定された。第6回運用検討会議(2006年)では事務局機能を提供する履行支援ユニット(ISU)の設置、第7回運用検討会議(2011年)では毎年自国内にある研究施設、生物防護計画、疫病発生状況等について情報提供を行う信頼醸成措置の申告内容の改善、締約国間の国際協力・支援を促進するためのデータベースの立ち上げ、発展途上国の年次会合への参加を支援するための任意拠出金によるスポンサーシップ・プログラムの立ち上げ等の新たな措置について合意された。また、第8回運用検討会議(2016年)では、前回会議で立ち上げられたスポンサーシップ・プログラムを継続すること、2017年の締約国会合の開催日程等いくつかの事項について合意がなされた一方で、検証議定書交渉の再開を争点に米国とロシア、非同盟諸国等との対立が続き、次回運用検討会議(2021年)までの会期間活動に関する具体的提案の多くについて合意がなされないまま終了した。
 
2-3 最近の動き
 2017年の締約国会合では、次回第9回運用検討会議(当初2021年に予定されていたが、以下に述べる通り、新型コロナウイルス感染症の影響で2022年8月に延期の見通し)までの会期間活動について、毎年8日間の専門家会合及び4日間の締約国会合を行うことを決定したほか、それに伴う2018年以降の予算も採択された。また、2018年~2019年の専門家会合及び締約国会合では、バイオテロ対策、急速に進展するバイオ技術の悪用や誤用を防止するための施策、発生初期段階において生物兵器の使用に起因するのか自然発生なのか区別が困難で影響が広範囲に及ぶ恐れのある事案に対する支援、対応及び準備等について、BWCのフォーラムを活用した具体的な施策について議論が進められた。
2020年に入ると、新型コロナウイルス感染拡大により各会合はおおよそ1年間後ろ倒しとなり、専門家会合は2021年8月30日~9月8日に開催された。専門家会合では、国際協力、科学技術の進展レビュー、国内実施、支援・対応・準備、及び条約の制度的強化について議論が進められた。今後、締約国会合は2021年11月に、第9回運用検討会議は2022年8月に開催される見通しである。

3 日本の取組

 日本は、BWC運用検討会議等に毎年複数の作業文書を提出し、議論の活性化に貢献している。中でも、検証制度を有さないBWCにおいて条約実施の信頼性を向上させるために重要な役割を果たしている信頼醸成措置については、メカニズムに従って情報共有することのメリットを訴えるなど毎年具体的な提案を行って、信頼醸成措置の普及・促進に向けた議論を積極的に進めている。また、特に専門家会合においては、我が国の専門家が、日本国内のバイオセキュリティ関係者間のネットワーク、最先端生命科学とデュアルユースの問題、バイオリスクの評価及び管理に関する我が国の取組等について発表することにより、BWC強化に貢献してきている。2021年8月~9月に開催された専門家会合では、専門家会合2(議題:科学技術の進展レビュー)の議長を中井一浩軍縮代表部公使(当時)が務め、第9回運用検討会議での成果につなげることも視野に、科学技術の進展レビューや生物科学者の行動規範、生物学的リスクの評価と管理等について議論を促進した。
 また、日本は、国連軍縮部への拠出を通じて、2018年からBWC・ISUとともに「生物化学兵器使用に対する国連及び関係機関の連携強化」プロジェクト及び「東南アジア及び太平洋地域の担当者及び専門家に対するワークショップ」プロジェクトを実施しており、これまでに生物兵器使用事案におけるアジア地域の対応能力強化に向けたワークショップや、生物兵器使用時における国内、地域、国際的連携に関するセミナー等を実施し、条約第7条(生物兵器使用疑惑の際の支援、対応及び準備)の実践に貢献している。同プロジェクトは参加各国から高い評価を得ており、2021年8月~9月に開催された専門家会合でも、同プロジェクトを評価する発言が各国からなされた。引き続き我が国が効果的な国際協力を実施することが期待されている。