核兵器用核分裂性物質生産禁止条約 (FMCT)

令和5年5月19日

1 概要と意義

 核兵器用核分裂性物質生産禁止条約は、通称カットオフ条約(Fissile Material Cut Off Treaty)又はFMCTと呼ばれる。FMCTは核兵器用の核分裂性物質(高濃縮ウラン及びプルトニウム等)の生産そのものを禁止するものである。1996年に包括的核実験禁止条約(CTBT)が採択された後、国際社会が次に取り組むべき現実的かつ実践的な多数国間の核軍縮・不拡散措置と位置付けられているが、未だに交渉が開始されていない。核兵器のない世界を実現するためには、核兵器の削減は必要であるが、そもそも核戦力の増強を食い止める必要がある。そのための国際的措置としては、CTBTとFMCTが重要である。すなわち、核実験を全面的に禁止することで核兵器の更なる開発や質的向上を食い止める効果を有するCTBT(質的キャッピング又は質的上限)と、核兵器の材料となる核分裂性物質の生産を禁止することで更なる核兵器の生産を食い止める効果を有するFMCT(量的キャッピング又は量的上限)は、当面の国際的な核軍縮外交における車の両輪である。その意味で、質的上限を規定するCTBTの交渉が1996年に妥結したことから、量的上限を規定するFMCTは国際社会が取り組むべき次なる論理的ステップと位置づけられている。

 FMCTが成立すれば、核兵器削減の方向性を支え、新たな核兵器保有国の出現を防ぎ、また、核軍備競争をなくすことにつながり得る。これは、核軍縮・不拡散の歴史上大きな意味を持つとともに、国際的な安全保障環境の安定にも大きく貢献することになる。このような観点から、日本としてもFCMTの交渉開始を極めて重視している。想定されている条約上の義務としては、(1)核兵器及びその他の核爆発装置の研究・製造・使用のための核分裂性物質の生産禁止、(2)他国の核兵器用核分裂性物質の生産に対する援助の禁止といった中核的なもののほか、(3)核兵器用の核分裂性物質生産施設の閉鎖・解体又は民生用への転換、(4)閉鎖・解体された施設又は民生用に転換された施設を核兵器用の核分裂性物質生産用に戻すことの禁止、(5)核兵器用又は軍事用に余剰とされた核分裂性物質ストックを核兵器用に戻すことの禁止、(6)非核兵器用の核分裂性物質ストック又は今後生産される非核兵器用の核分裂性物質の核兵器用への転用禁止、(7)他国からの核兵器用核分裂性物質の受領及び他国への移転の禁止などが挙げられる。

 FMCTが発効する見通しが立たない中、日本を含む多くの非核兵器国は、核兵器国に対して核兵器用の核分裂性物質をこれ以上生産しないよう強く呼びかけている。このような呼びかけを受けて、核兵器不拡散条約(NPT)上の核兵器国のうち米国、ロシア、英国、フランスは核兵器用核分裂性物質生産モラトリアムを宣言しているが、中国はこの宣言を行っていない。

2 経緯

 FMCTは、1993年9月、クリントン米国大統領が国連総会演説で提案したものであり、同年11月には、その交渉を適当な国際的フォーラムで行うことを勧告する国連総会決議がコンセンサスで採択された。その後、交渉の場をジュネーブ軍縮会議(CD)とすることが合意された。
 しかし、CDにおいては、その後長年にわたって交渉開始のための特別委員会や作業部会といった補助機関の設置について議論がなされてきたが、現在に至るまで交渉は開始されていない。1995年、1998年及び2009年にはFMCT交渉のための補助機関の設置が合意されたが、以下のとおり、実際の交渉にまでは至らなかった。
 1994年1月にFMCTの特別調整官として指名されたシャノン・カナダ軍縮代表部大使が、各国との協議を行った結果、1995年3月にシャノン報告書(CD/1299、シャノン・マンデート、以下シャノン・マンデート)を示した。その内容は、(1)FMCT交渉のための特別委員会を設置する、(2)特別委員会は無差別の多数国間の、国際的かつ効果的な検証可能な条約の交渉を行う、(3)特別委員会は1995年の活動をCDに報告する、ことを決定したほか、(4)FMCTの対象範囲については、将来の生産のみに絞るか、将来のみならず過去の生産も含めるか、又は過去や将来の生産に加えて管理についても含めるか、といった多様な意見があるとして、何人もこれらの意見を特別委員会で提起することを妨げるものではないことに各国代表が一致したとした。しかし、特別委員会の議長が指名される段階になって、FMCT交渉と具体的な期限を区切った核廃絶の進展を結びつける主張がなされ、この主張をめぐり各国の意見が対立したため、特別委員会の議長が指名されず実際の交渉は行われなかったが、これ以降、FMCT交渉開始のための指針としてシャノン・マンデートが取り上げられるようになっていった。
 1998年には、インド及びパキスタンによる核実験の実施を受けて、同年8月、CDに特別委員会が設置された。特別委員会は同年8月から9月の間に2度にわたり会合を開催したが、CD会期終了間際であったこともあり、各国間の意見交換が行われたのみで、条約交渉を開始するまでには至らなかった。
 その後も特別委員会設置に向けた議論が行われたが、各国のCDにおける主要事項の優先度が異なったことから、FMCTの交渉開始に合意することができなかった。また、国際社会では、シャノン・マンデート以来、国際的に検証可能なFMCTを作成する考えが共有されていたが、米国がブッシュ政権によるFMCTに関する政策見直しの結果、検証制度のないFMCTを主張したことも交渉開始に合意することができない要因となった。
 2009年に誕生した米国オバマ政権が検証可能な FMCTの作成を支持する政策に戻り、条約交渉開始に向けた動きが高まったこともあり、CDでは、2009年5月にはシャノン・マンデートに基づくFMCT交渉を行う作業部会の設置を含む作業計画案が採択された。この採択直後から、作業計画の実施に必要な決定案(作業日程や作業部会議長等)の協議が行われたが、パキスタンの反対により合意に至らず、2009年中の条約交渉開始を含む作業計画を実施することはできなかった。
 2009年以降もFMCT交渉開始に向けた機運を維持・促進するための取組は継続されており、最近では2018年に、議題ごとに設置された補助機関で実質的な議論が進められ、FMCTについては、補助機関2(関連する全ての事項を含む核戦争の防止)の下で、用語の定義、対象、検証等を中心に各国の立場が表明され、報告書(CD/2139)がまとめられた。
 FMCTをめぐる各国の根本的な対立要素として、シャノン・マンデートにある条約の対象範囲につき、過去の生産(ストック)を含めるか否かが挙げられる。ストックを含めないFMCT交渉は核軍縮に資さないとして、交渉開始前にストックを含めるべきと主張する非同盟諸国(パキスタン、イラン、エジプトなど)の存在がある一方、5核兵器国は、ストックを含めることに強く反対し、妥協点が見いだせない状況が継続している。こうした状況を反映し、パキスタンは、シャノン・マンデートはストックの扱いが不明確であるため、同マンデートは最早有効ではないとの主張を行っている。
 CDの外においては、2011年10月の国連総会第一委員会にカナダが提出したFMCT決議案では、CDが2012年会期で作業計画を採択・実施できない場合は2012年9月からの第67回国連総会であり得べき選択肢を検討することが決まり、これに基づき、2012年10月の国連総会第一委員会では、政府専門家会合 (GGE)の設置を要請するFMCT決議が採択された。同決議を受け、 2014年及び2015年にかけてジュネーブにおいて計4回のGGEが開催された。同GGEは、将来の交渉における各国の立場を予断しないとの前提で、将来の交渉の有益な参考として、定義、検証、スコープ、法的・組織的事項といったFMCTに関する様々な論点に関する見解について、潜在的な一致点や相違点を特定するとともに、将来の交渉者はGGEの成果を考慮に入れることなどの勧告を含むGGEの報告書をまとめ、2015年5月に公表した(A/70/81)。
 また、2016年10月の国連総会第一委員会では、ハイレベル政府専門家グループ会合の設置を要請するFMCT決議が採択され、同決議を受けて、2017年及び2018年にかけてジュネーブにおいて計4回の会合が開催され、上記GGEで議論した内容をさらに深めた内容の報告書をまとめ、2018年7月に公表した(A/73/159)。更に2018年には、CDにおいて補助機関2(FMCT等全ての関連事項を含む核戦争防止)が設置され、議論の内容を纏めた報告書が採択された。これらの成果物に基づき、CDにおいて交渉に向けた議論が進むことが期待され、2022年のCDでも補助機関2(FMCT等全ての関連事項を含む核戦争防止)が設置され、FMCTに関する議論も行われたが、最終的に報告書をコンセンサスで合意することはできなかった。

3 交渉促進に向けた日本の取組

 日本が提出する漸進的な核軍縮アプローチの中でFMCTは重要な核軍縮措置の一つであり、日本は、交渉の即時開始を重視し、そのための努力を行ってきている。
 2022年のCDのハイレベルセグメントには林芳正外務大臣が参加し、FMCTの早期交渉開始の重要性を改めて強調した。 更に、2022年8月に行われた第10回NPT運用検討会議に参加した岸田文雄総理大臣は、一般討論において、透明性の向上に向け核兵器用核分裂性物質の生産状況に関する情報開示を求めるとともに、FMCTの交渉の早期開始を改めて呼びかけた。
 また、 条約交渉開始へのモメンタムを維持し、将来の交渉の参考となることを念頭に、日本は2006年にFMCTに関する考えを纏めた作業文書(CD/1774)をCDに提出した他、2011年 2月、3月及び5月に日本とオーストラリアは、CDの公式な会議ではなく、有志国による会合をジュネーブで開催し、その議論の内容をCDに報告した。この会合では「核分裂性物質」や「生産」の定義、検証制度等について技術的な議論を行ったが、これが、後のGGEやハイレベル専門家準備グループ会合での作業に大きく寄与した。
 2013年には、FMCTに関する加盟国の見解を提出するよう求めた国連総会決議に基づき、FMCTに関する詳細かつ具体的な日本の見解を国連事務総長に提出した。また2015年及び2020年NPT運用検討会議プロセスにおいて、軍縮・不拡散イニシアティブ(NPDI)としてのFMCTに関する基本的な考え方をまとめた共同作業文書も提出した。更に、日本が、毎年、国連総会第一委員会に提出している核兵器廃絶決議においても、FMCTの早期交渉開始が求められている。(2023年5月更新)


【参考】最近の日本のステートメント
2023年6月13日 軍縮会議(CD)本会議における「核戦争の防止」に関する小笠原大使によるステートメント
2022年3月17日 軍縮会議(CD)補助機関2における「核兵器用核分裂性物質生産禁止条約 (FMCT)」に関する小笠原大使ステートメント