核兵器の非人道的影響

2021/9/28

1 概要

 核兵器が世代と国境を越えて社会、経済、環境にもたらす様々な非人道的な影響についての認識を、市民社会とも連携しつつ深め、広げることを通じ、核兵器の完全廃絶に向けた機運を盛り上げる国際社会の動きが活発化し、「核兵器の非人道的影響」という言葉が注目されるようになってきた。
 もとより、核兵器がもたらす非人道的な影響は、原子爆弾が広島・長崎に投下された当時から認識されている。1946年1月、国連総会で最初に採択された国連原子力委員会の設置に関する決議では、「核兵器及びその他の大量破壊兵器の廃絶」に関する提案を行うことがその目的の一つとして盛り込まれ、1978年6月、第1回国連軍縮特別総会(SSOD-1)で採択された最終文書では、「核兵器は人類及び文明の生存に対して最大の危険を引き起こす」との文言が盛り込まれたほか、核兵器不拡散条約(NPT)、トラテロルコ条約を含む多くの多国間交渉文書にその精神が反映されている。日本も以前から、被爆の実相を国境と世代を越えて伝える様々な取組を行ってきており、安倍晋三総理は、2019年の広島・長崎の平和記念式典において、核兵器の非人道性を、後の世に、また世界に伝え続ける務めが我々にあり、若い世代が、被爆者の方々から伝えられた被爆体験を語り継ぐといった取組をしっかりと推し進めていくと述べている。
 核兵器の非人道的影響に焦点を当てる動きは、オーストリア、スイス、メキシコ、NZ、南アなどを中心とする「人道グループ」や市民社会を中心に、国際的な核軍縮の文脈で活発化した。核軍縮は、抑止理論をその中心に据えた国家安全保障の観点と人道的観点のバランスの上で議論されてきたが、核兵器の非人道性をめぐる議論は、核軍縮が具体的な成果を生んでいないとの認識を背景に、後者の観点をより重視する立場から、軍事的必要性から非倫理性・非道徳性に、国家安全保障から人道主義への議論の中心を移すことにより、核軍縮を進めようとする取組とみられる。

2 経緯

 2010年NPT運用検討会議で採択された最終文書において、核兵器廃絶に国際人道法を活用するアプローチを模索していたスイスやオーストリアの働きかけの結果、「会議は、核兵器のいかなる使用についても壊滅的で非人道的な結末に深い懸念を表明し、いかなる場合であっても、全ての国が国際人道法を含む適用可能な国際法を遵守する必要性を再確認する」との文言が盛り込まれた。その後、2015年運用検討会議までの3回の準備委員会を含む4年間の運用検討プロセスにおいて、核兵器の非人道性を前面に押し出して核廃絶をめざす16か国からなる「人道グループ」(オーストリア、チリ、コスタリカ、デンマーク、バチカン、エジプト、インドネシア、アイルランド、 マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ナイジェリア、ノルウェー、フィリピン、南ア及びスイス)は、 一連の外交活動を開始した。すなわち、核兵器の非人道的影響に関する共同ステートメントと核兵器の非人道的影響に関する国際会議があり、その後の核兵器禁止条約への流れを形作る上での役割を果たしたとされている。
 まず、2012年5月にウィーンで開催された2015年NPT運用会議第1回準備委員会において、スイスが人道グループを代表して核兵器の非人道的影響に関する共同ステートメントを実施した。その後、この共同ステートメントが、2015年NPT運用会議までに計6回実施された。また、このステートメントに対抗する形で、2013年10月以降、2015年NPT運用会議までの間に、オーストラリアが主導し、核抑止の下にある国が中心になって核兵器の非人道的影響の共同ステートメントを計 3 回実施した。人道グループ主導の共同ステートメントは、いかなる状況においても核兵器が二度と使用されないことの重要性を訴え、非人道的側面に焦点を当てた政治的意志を示すものであるとともに、全てのアプローチを支えるものとして核兵器の非人道的影響についての意義が位置付けられているのに対し、豪州主導の共同ステートメントは、核兵器の非人道的側面に加えて国家安全保障上の側面も重視し、漸進的かつ実践的なアプローチを志向していることを特徴としている。双方のステートメントは、回を重ねる毎にその参加国を増やし、2015年4月のNPT運用会議時点で国連加盟国のほとんど(181か国)がいずれかのステートメントに参加するに至った。
 次に、核兵器の人道上の影響に関する国際会議は、核兵器の使用がもたらす様々な影響について科学的・技術的見地から議論を行う専門家レベルの会議であり、3回開催された。2013年3月の第1回会議(オスロ)では、核兵器が健康・人体、環境、気候変動、食糧安全保障にもたらす短・中・長期の影響について議論が行われた。2014年2月の第2回会議(ナジャリット(メキシコ))会議では、これらのテーマに加えて、経済成長及び持続的な発展に対する影響についての議論が行われたほか、被爆の実相を各国に伝達する被爆者証言も行われた。2014年 12 月の第3回会議(ウィーン)では、2回の会議のテーマに加え、核実験の影響や既存の国際法規範との関係についても議論されたほか、5核兵器国から米国と英国が初めて参加した。第3回会議の議長国であるオーストリアは、議長サマリーとは別に、核兵器の禁止・廃絶のための法的ギャップを埋める効果的措置の特定・追求を求めるとの自国の独自の立場を示す「オーストリアの誓約」を発表し各国に支持を求めた(2015年NPT運用会議の際に「人道の誓約」に改称。)。
 こうした中で、2015年NPT運用検討会議は、最終文書案が採択されないままに終了したが、一連の動きは、2015年の第70回国連総会第一委員会において、3つの人道関連決議につながっていった。オーストリアは、これまで人道グループが主導してきた共同ステートメントの内容を反映した「核兵器の人道上の結末」、また、オスロ会議の結果を踏まえた「核兵器の禁止及び廃絶のための人道の誓約」をそれぞれ国連総会決議案として提出し採択された。また、南アフリカは、核兵器の非人道的影響を踏まえ、核兵器のない世界に向けた倫理上の責務が安全保障に寄与する「最も高位に位置付けられる国際公共善」であると位置づけ、核兵器は集団安全保障を阻害する こと等を宣言する内容の「核兵器のない世界のための倫理上の責務」決議案を提出し採択された。また、同国連総会が12月に「多国間核軍縮交渉の前進」決議を採択したことを受け、翌 2016年に3回にわたってジュネーブでオープンエンド作業部会(OEWG)が開催された。これが、核兵器禁止条約成立へ向けた流れにつながっていく(詳細は、「核兵器の禁止」の項を参照。)。
 なお、「核兵器の人道上の結末」及び「核兵器のない世界のための倫理上の責務」決議は、2015年以降、2020年の第75回国連総会に至るまで毎年提出され、採択されてきている。また、「核兵器の禁止及び廃絶のための人道の誓約」決議は、2017年の第72回国連総会第一委員会において、2017年7月に核兵器禁止条約が採択されたことを受け、「核兵器禁止条約」決議に名前を変えて採択されてきており、人道関連決議と核兵器禁止条約との密接な関係が指摘されるところでもある。

3 日本の取組

 日本は、国家安全保障の側面と核兵器の非人道的側面の二つの認識を基礎として、核軍縮・不拡散に向けた国際社会の取組を主導してきている。特に、核兵器の非人道性については、唯一の戦争被爆国という日本国民全てが共有すべき歴史的体験を有する日本として、国際社会で大いに議論される以前から重視してきている。核兵器の非人道性の問題については、2014年1月に長崎大学において岸田文雄外務大臣から核軍縮・不拡散スピーチの中で述べたとおり、日本は次の3つの考え方に基づいて取り組んできている。
 第1は、核兵器の非人道性を、核兵器のない世界に向けて国際社会を「結束」させる触媒と位置づけるべきであるという考え方である。核兵器の非人道性は、いかなる核軍縮アプローチをとる際にも考慮され、あらゆる核軍縮・不拡散の取組を根本的に支える原動力であるべきである。第70回国連総会第一委員会以降提出されている3つの人道関連決議については、日本の原則的立場やこれまでの政策との整合性を踏まえて投票態度を決定し、採択後に概要次のとおり投票理由説明を行ってきている。「唯一の戦争被爆国として、核兵器の非人道性についてはどの国よりも直接に理解している。こうした背景も踏まえ、日本は、核兵器の非人道性への認識を広め、深めるために、様々な努力を以前から行っている。日本としては、引き続き拡大抑止を含む安全保障政策をとり、また、安全保障と両立する形で核軍縮を進めつつも、核兵器の非人道性に関する認識が、日本の核軍縮政策の基本方針である現実的かつ実践的なアプローチの根幹をなすものであることには変わりない。他方で、核軍縮の進展には、核兵器国と非核兵器国の協力が必要である。その意味で、核兵器の非人道性への認識は国際社会を結束させる「触媒」であるべきで、分断させてはならない、特に、核兵器の人道上の結末決議については、「核兵器の非人道性の認識が全てのアプローチ・取組を下支えする」という主文の文言には、日本が進める現実的かつ実践的なアプローチも含まれ、安全保障政策と両立する形で核軍縮を進めるという日本の政策と整合がとれると解されることから賛成した。(「核兵器禁止条約」決議には反対、「核兵器のない世界のための倫理上の責務」決議には棄権してきている。)
 第2は、核兵器の非人道性についての正しい認識を世代と国境を越えて「広げていく」べきであ るとの考え方である。日本は、従来から非核特使の派遣、被爆証言の多言語化、海外原爆展の開催、各国指導者・外交官・実務家の広島・長崎への招へい、軍縮・不拡散教育の促進等を行い、 核兵器使用の惨禍の実相に触れるため様々な努力を積み重ねてきている。特に、2013年6月には、核兵器使用の惨禍を若い世代に継承していくため、新たに「ユース非核特使」制度を立ち上げ、 これまで405名の若者(2021年4月時点)が国連本部・国連欧州本部・ジュネーブ軍縮会議等で核兵器使用の惨禍を発信する取組を後押ししてきている。また、認識を「広げる」ための努力の重要性については、採択はされなかった2015年運用検討会議の議長の最終文書案においても、「核兵器の非人道的影響を知るべく、被爆した人々及び地域とやりとりし、その経験を直接共有すること等を通じて指導者や軍縮専門家、外交官に加え、一般の人々、特に若い将来の世代の、核軍縮・不拡散に関するあらゆるトピックに関する意識を向上させるため、国連やその他の国際機関、赤十字・赤新月社、地方政府、非政府組織、学術機関、民間と協力しつつ、軍縮・不拡散教育の分野における努力を継続し、強化することを推奨する。」(パラ154のサブパラ18)という表現で盛り込まれている。
 第3は、核兵器の非人道的影響に関する科学的知見を一層「深めていく」べきであるという考え方である。上記2で紹介した3回にわたる核兵器の人道上の影響に関する国際会議を通じ、核兵器が人体に対する瞬時の影響のみならず、将来世代にわたって社会、経済、環境に対して長期にわたる深刻な影響をもたらすことが改めて明らかになったが、日本としても、政府関係者のみならず放射線の専門家や被爆者等を派遣し、広島・長崎での被爆や核実験による被曝が人体に及ぼす影響についての専門的知見を紹介した。また、核兵器が使用された際に発生する医学面、社会インフラ面、経済面における被害の検証について5名の研究者に委託し、調査研究を実施した(外務省HPに掲載。http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page23_000872.html)