小笠原大使挨拶(2020年8月)

令和2年8月1日
着任のご挨拶
 
 
 軍縮会議日本政府代表部大使として2020年1月にジュネーブに着任いたしました。

 国際安全保障環境は厳しさと,不透明感を増しています。このような時代だからこそ,安全保障面での対話と信頼醸成,そして,様々なルール・メイキング,「法の支配」の強化が一層重要になっていると考えます。当軍縮代表部は,ジュネーブ及びニューヨークを主たる舞台として,核兵器,生物兵器,通常兵器,更に,自律型致死的兵器(LAWS),宇宙,サイバーといった新たな技術も含む幅広い分野で,軍備管理・軍縮・不拡散に関する条約体,国際会議を所掌しています。

 核軍縮について,私は,外務省軍備管理・軍縮課長を務めていた時期に,広島,長崎の皆様と対話を重ね,多くを学ぶことができました。今回の赴任に際して,改めて長崎,広島両市を訪問し,皆様のお話をうかがい,原爆資料館,平和記念資料館を訪れ,核軍縮に向けて与えられた責務の重さを痛感し,身の引き締まる思いを致しました。

 今年の広島,長崎における平和記念式典において安倍晋三総理は以下のように述べておられます。「広島と長崎で起きた惨禍、それによってもたらされた人々の苦しみは、二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた国際社会の努力を一歩一歩、着実に前に進めることは、我が国の変わらぬ使命です。現在のように、厳しい安全保障環境や、核軍縮をめぐる国家間の立場の隔たりがある中では、各国が相互の関与や対話を通じて不信感を取り除き、共通の基盤の形成に向けた努力を重ねることが必要です。特に本年は、被爆75年という節目の年であります。我が国は、非核三原則を堅持しつつ、立場の異なる国々の橋渡しに努め、各国の対話や行動を粘り強く促すことによって、核兵器のない世界の実現に向けた国際社会の取組をリードしてまいります。」

 私ども軍縮代表部の重要な仕事は,この総理の言葉に示された,核兵器のない世界の実現に向けての日本外交を最前線で進めていくことです。今年は,核不拡散条約(NPT)が発効50周年を迎える重要な年です。5年毎に開催されるNPT運用検討会議が,今年の4月から予定されていましたが,残念ながら,新型コロナウイルス感染症の影響で延期され,2021年1月開催の方向で現在調整されています。例年秋に開催される国連総会第一委員会に,日本は,1994年以来,核兵器廃絶決議案を提出し,核兵器国も取り込みつつ,圧倒的多数の支持を得て採択されてきました。昨年提出した同決議案は,次回NPT運用検討会議を見据えつつ,NPT体制の維持・強化に向け,核軍縮において国際社会が一致して直ちに取り組むべき行動の指針と未来志向の対話の重要性を強調しました。しかし,新型コロナウイルス感染症の影響を受けて,この国連総会第一委員会も,今年は,その開催に制約が加わる恐れがあります。

 不確定性が多い難しい状況にありますが,私としては,スラウビネンNPT運用検討会議予定議長や日本が立ち上げた地域横断的グループである「軍縮・不拡散イニシアティヴ(NPDI)」のメンバー国等と協力しつつ,粘り強く各国間の橋渡しと,共通基盤の構築のための努力を重ね,次期NPT運用検討会議が有意義な成果を収められるよう,全力を傾注して行く所存です。

 唯一の多国間軍縮交渉機関として設立されたジュネーブ軍縮会議は,残念ながら,新たな軍縮交渉に乗り出せずにいます。私は,同会議の活性化に努めるとともに,国際社会が次に取り組むべき現実的かつ実践的な核軍縮・不拡散措置として日本が重視する,核兵器用核分裂性物質生産禁止条約のための交渉を早期に開始させるべく尽力していく所存です。

 新型コロナウイルスは,感染症の被害が如何に大きなものとなり得るかを示しました。当代表部で担当する軍備管理条約の中に,生物兵器禁止条約があります。同条約で禁じられる生物兵器が使われれば,まさに今回のような感染症被害をもたらし得ます。今回の新型コロナウイルス感染症対策から幅広い教訓を得つつ,我々は,この条約の一層の強化を図る必要があると感じます。生物兵器禁止条約の諸会合も延期されましたが,来年末の第9回運用検討会議に向けて具体的成果を準備していくことが重要です。日本は,「科学技術の進展レビュー」専門家会合の議長でもあり,このプロセスに主体的に貢献していきたいと考えます。

 通常兵器の分野では,新たな規範作り,既存条約の実施強化の取組みが活発に行われています。通常兵器は実際に日々使われており,国連事務総長の「軍縮アジェンダ」では,通常兵器がもたらす人道的影響の削減や,通常兵器の過剰備蓄及び非合法取引対策の重要性が訴えられています。日本は,本年,国連総会第一委員会に提出する「小型武器非合法取引」決議案を起草します。本年の第一委員会の開催には不透明性が伴いますが,この決議は,小型武器のテロリストへの移転を含む非合法な取引を根絶し,各国が国連行動計画を着実に実施する重要性を訴えるものとなるでしょう。2014年に発効した武器貿易条約について,日本はその成立過程から主体的に関与してきました。この条約は,通常兵器の貿易に関する国際基準を確立し,通常兵器の不正取引を防止・根絶することによって,国際社会の平和と安全に貢献するものです。私の前任の高見澤大使が第4回締約国会議議長を務めましたが,引き続きこの条約の着実な履行及び加盟国の拡大に取り組んで参ります。

 技術の発達に伴い,軍事面の関心は,従来の陸海空から,サイバー,宇宙といった新たな領域に広がっています。また,人工知能の軍事的利用にも大きな関心が寄せられています。これらの問題について,国連総会第一委員会や,特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の枠内で,新たな規範作りを視野に入れた国際的議論が進んでいます。これらの技術が,生活の向上に資する機会を奪うことなく,如何にして安全保障上生じ得る懸念や問題を手当していくかが重要な論点です。日本はこの領域で優れた技術を有し,重要な利益を有しています。日本の立場が,関連する国際議論に十分反映されるよう鋭意取り組んで参ります。

 これらの課題は,政府だけで解決できるものではありません。上述した広島・長崎における演説において,安倍総理は「我が国は,被爆者の方々と手を取り合って,被爆の実相への理解を促す努力を重ねて参ります」と述べました。私どもは,ジュネーブで,また,ニューヨークにおいて,被爆者の方々や外務省のユース非核特使の委嘱も受けておられる「高校生平和大使」の皆さんとも連携しながら,このような努力を続けて参りたいと思います。新型コロナウイルス感染症のために,このような交流が現在難しくなっていますが,一日も早く,日本の皆さんの声が世界に直接伝えられる環境が回復することを願ってやみません。
 
軍縮会議日本政府代表部大使 小笠原 一郎